世界十大小説とも称されるアメリカ文学の名作、ハーマン・メルヴィルの著書『白鯨』。鯨を追う捕鯨船の話なのですが、その船にジョン万次郎が乗っていた、という設定の小説です。これだけで、わくわくしますよね?
ジョン万こと中浜万次郎が14歳で漁船に乗って出港したのが1841年1月27日。『白鯨』の著者ハーマン・メルヴィルは、その24日前の1841年1月3日に捕鯨船に乗ってアメリカから旅立っています。もちろん、その時の体験がメルヴィルの『白鯨』の源です。白鯨の船が出港した時期もほぼ同じ設定になっています。
そこで、日本の『白鯨』の著者、夢枕獏は「万次郎を助けたのが実はアメリカの『白鯨』のエイハブ船長が乗ったピークオッド号だったら…」と思いついたそうです。
この物語を通じて、捕鯨が古くから伝わる日本の文化であり、それに携わる人たちがいかに捕鯨という行為を神聖に考えていたのか、また、鯨に対して畏怖の念をもって接していたのか、ということもよく理解できます。また、それはアメリカの捕鯨船も同じで、それならなぜ今捕鯨が欧米の人たちのやり玉にあがるのか、少し不思議な感じもします。
アメリカの『白鯨』は主人公エイハブ船長(アハブ)をはじめ、エライジャ(エリヤ)、ガブリエル、と聖書に出てくる名前の登場人物がたくさん出てきます。聖書のエピソードも度々登場人物により語られます。乗組員の一人が度々歌う歌は「主われを愛す 主は強ければ われ弱くとも おそれはあらじ…」聖学院の皆さんは知っていますよね?ヨナの亡霊…というエピソードもあります。
それでいて乗組員はアメリカ人・ネイティブアメリカ人のほかに、フランス人、オランダ人、中国人、マルタ島、シシリー島、東インド…そして日本の『白鯨』には万次郎も加わり、人種のるつぼと言われるアメリカの多様性をそのまま船に閉じ込めた様相になっています。聖書にからめた記述の多い小説ですが、これらの人々は実に様々な宗教を信じており、異文化の思想に触れることのできるエピソードも満載です。
全編を通じて流れているメッセージは、人知の及ばないものに対する畏怖の念が、あるときは人の強さを、ある時は人の優しさを生み出すということです。白い鯨というのも、その象徴のようです。
メルヴィルの『白鯨』、とても長くて読むのが大変です。正直、退屈です。ありとあらゆる場面で描写が細かいので、進まないのです。私も挫折しました。
でも、夢枕獏の『白鯨』はハラハラドキドキの連続、飽きさせません。それでいて、ジョン万次郎のこと、名著白鯨のことを知ることができる、一石二鳥の作品です。
アメリカ人にとっては大切なソウル文学のようで、白鯨の名前である「モービィ・ディック」という名前のカフェやレストランを私はアメリカで複数みかけました。スターバックスは重要な登場人物「スターバック」の名前が由来です。(創業者が3人だったので「ス」がついています。)
とにかく、読んで欲しい1冊です。
(司書 山中)